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April 15, 2004

後藤光尊、カズオ越えの道

 先日、BWの後藤光尊内野手の出場選手登録が抹消となった。あまりにも低打率(1割を切っている)では我慢して使い続けるつもりだった伊原監督も決断せざるを得なかったでしょう。現・メッツの松井を越えられるのは彼だけのはずだが。

 で、いかに期待されているかの話などを。

 1年目の2002年、春季キャンプ途中で一軍に昇格。実際、試合でも先発出場が多かった。私に強烈な印象を植え付けたのは、ナゴヤドームでの対ドラゴンズのオープン戦。ドラゴンズミュージアムに山田久志監督(当時)のコーナーができ、そのセレモニーがあるということで青春18きっぷ利用で観戦遠征となったわけ。今中慎二投手引退登板が試合直前にあった試合だが、9回表ドラゴンズに大量リードを許したところで登場した後藤内野手は当時のドラゴンズ守護神・ギャラードからHRを放ったのだ。そして公式戦でもDHで開幕スタメンの栄誉を得る。
 4月に入って、ブルーウェーブの直営店・B-WAVEで石毛監督(当時)のトークショーがあったが、その中で期待の選手として名が出てきたのは、後藤。チーム一足が速いなどのことがでてきた。公式戦でもHRを放っていたが、肘の手術で一軍からはなれてしまう。もっとも秋にはサーパスで出場していたが。

 2年目、オープン戦および開幕時では一軍ではなかった。鳴尾浜で対タイガース戦を観たときには、どうも送球が肘を気にしている様子が残っていた。だが、早く一軍に昇格すると、レギュラーと言っていいほど出場するようになり、秋には対バファローズ戦で、サヨナラヒットを放ち、そしてココで負けても引き分けてもホークスの優勝決定そして胴上げを生で見てしまうところ(私自身も)で、ホークス・岡本投手からサヨナラHRを打ったのは記憶に新しい。

 さて社会人時代の背番号1になった今年2004年。打撃改造を河村コーチと共に取り組む。キャンプ終盤からオープン戦にかけてのことだから、不安に感じるファンも少なくなかっただろう。
 3月に、B-WAVEにて伊原監督のトークショーがあったが、やはり期待の選手の中に入っていた。もしかして後藤ほか期待できる選手ががいるから、就任したのかも(?)と私は感じていたのだが。ただ苦言として、「後藤と平野には、当たり前にアウトにできる打球を当たり前にアウトにして欲しい」と、つまり横に飛ぶ処理の難しい打球をアウトにするのに、正面の当たりをエラーしてしまうのだ。
 開幕。福岡ドームの初戦からしばらく生で観たが、良い当たりが出ず、泳いだ形の空振りが目立つ。オープン戦最終の広島市民球場では2HRをこれまた生で観たが、その調子が持続できなかったようだ。加藤英司サーパス監督と藤井コーチは後藤をいかに本来の姿に戻せるか。

 あのパンチ力や足の速さは相手チームにとって驚異だ。早く戻って来い。

 

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